この本は2004年本屋大賞を受賞しました。この本のTBSの「王様のブランチ」のBOOKコーナー(この番組で一番好き)で取り上げられる事が多くて文庫化したら読みたいと思っていました。
映画化にタイミングを合わせて昨年文庫化され、今年になってやっと読みました。
事故のため47歳で記憶を蓄積することをストップしてしまい、それからは80分しか記憶が持たない老数学博士と、彼の元に派遣されたシングルマザーの主人公である家政婦と、博士に√(ルート)の愛称をつけられた彼女の息子の三人が織り成す物語です。
80分しか記憶が持たないので主人公は博士にとって毎日新しい家政婦です。博士の着ている背広には色々な事柄についてのメモがクリップで留められています。記憶が80分しかもたない事をはじめ、新しい家政婦についてなど様々な事が。
博士は数字で世界を語ります。ここで特筆すべきは主人公の感受性の豊かさです。彼女の前任者が9人も辞めていったのに関わらず、彼女は博士が数字で表現する世界の姿に魅了されていきます。
博士はやがて、彼女が息子と二人暮しであることを知ると、「子供が一人ぼっちで留守番するのはけしからん」と言って、学校が終わったら息子に自分の家に直行するようにきつく言いつけます。
博士の考え方は古いといえば古いのですが、博士は子供は無償の愛で育み庇護するものという信念を持っていて、自分がルートと名付けた少年に惜しみなく愛情を注ぎ込む様は、決して無責任な言動で自分の考えを押し付けている訳ではない事が分かります。
もちろん、記憶は80分しか持たないので、彼の袖口には「新しい家政婦さん と、その息子10歳 √」というメモが留められています。
この物語の縦糸は博士が語る数字の世界ですが、横糸は阪神タイガースです。
博士もルートも阪神のファンですが、特に博士は江夏豊の大ファンです。しかしこの物語の1992年には江夏はとっくにタイガースを去るどころか引退しています。しかし、17年前に記憶が止まった博士にとっては江夏はまだ阪神の投手なのです。
ルート親子は江夏に関しては「今日はローテーションの都合で投げない」と言ったりして、博士に嘘をつくことにします。
この物語の最大の山場はルート親子と博士が広島−阪神戦を観戦に行くところでしょう。
博士は、野球場に行っても数字で世界を語り、野球を語ります。
この野球観戦が三人の穏やかだった生活のターニングポイントとなります。
あらすじはこれ位までにしておきましょう。
実は私はこの物語に、数字の美しさ以上に博士の江夏に対する思いのほうに魅せられました。故山際淳二氏の「江夏の21球」(「スローカーブを、もう一球(角川文庫)」
「博士の愛した数式」はおとぎ話のようなお話です。主人公と博士の関係には生臭さがありません。世界は数字で語られます。博士のヒーローは今なお現役の江夏豊で、博士の地上の愛はクッキーの缶に封印してあります。
この物語の中で一番現実感があるのは阪神タイガースでそれが博士達を繋ぐ糸になっています。
数学に詳しくなくても、プロ野球にある程度詳しくないと全てを味わい尽くせない物語かもしれません。
数字と江夏とルートに惜しみなく注がれる博士の愛がこの本の美しさなのだと思います。
ちなみにこちらが、キャンペーンページです。
ムービーも貼っちゃお。
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